ジビエ料理が問いかけるものは、人間力かもしれない

ジビエ料理が問いかけるものは、人間力かもしれない
ジビエ

ジビエ料理は、未知の領域にある

ジビエ料理はフランスを始めヨーロッパ各国、肉食文化の行き渡ったところで秋冬の風物詩と思い楽しまれる料理です。
最近は日本においてもそのおいしさが理解されるようになり秋冬のこのジビエ料理を心待ちにする人も増えてきました。
ジビエとは狩猟で得た天然の野鳥獣の食肉を意味する言葉(フランス語)で、ヨーロッパでは貴族の伝統料理として古くから発展してきた食文化ということです。

野鳥獣の尊い生命を奪うという行為に、肉はもとより内臓や骨、血液に至るまで、あらゆる部位をできるだけ料理に使い、生命に感謝を捧げるという精神が流れています。
ではなぜジビエ料理が未知の領域なんでしょうか、それはジビエに使われる野鳥獣は、人間が飼育した家禽類や豚、牛などの家畜と大きく違い人間が食べるために作られたものでは無いからです。味は、もとより、安全性もその環境も全てが異なった世界(人間の意思が届かない世界)ですごし、そして狩猟、確保された食材だからです。

ジビエ料理は料理人の鏡でもあるのです

ジビエ料理は料理人の鏡でもあるのです

ジビエ料理は非常にジビエの個体差が大きく色々な意味で料理人自体の経験技術そういったものが反映される料理となります、人によっては料理人の人間性そのものが反映されるとさえいいます。
そんなところが、ジビエ料理は料理人の鏡でもある、と言われる所以かもしれませんね。

その一端としてよく語られることが、ジビエを扱うという事、これはその料理人に食べると言うこと、そして生命と言うことを非常に深く考えるきっかけとなるからと言われるようです。
確かに、現在、日本では野生鳥獣が増えすぎ農作物を食べたり田畑を荒らしたり、スギ、ヒノキやブナなどの樹皮や高山植物を食害するなど、農林業や自然環境にとって大きな問題になっています。農作物の被害額は年間に200億円に上っているそうです。
例えば、シカはどうか?最近は、農作物を荒らすものというレッテルを貼られていますが、本来は勝手に手を出してはいけないものです。しかし、その害獣のような流れから、許可のもとその個体数の調整もあり捕獲することが許されます。
こうして捕獲された鳥獣をジビエとしてどのように生かすか、これも考えるべきものとなります。これは料理人個人と言うよりも社会としても取り組まなければいけない課題だと思います、昨今のニュースを賑わす、熊、鹿、猿そういった動物たちが里に降りてくる、かつては明確なラインがあった人間の生活エリアとの境界、こういった社会現象とも大きく関わる問題でもあるんのでしょう。

命に対峙する姿勢、そこに問いかけるもの、そうジビエ料理に人間としての人間力が問われることになる、この事にも 深淵のようなものを感じざるを得ません。
次回以降、ジビエ・ジビエ料理についてもう少し深掘りしていきたいと思います。

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